不思議な言葉のハイセンスな音楽がまた不思議。 台湾POPには、いつも私が紹介している北京語POPのほかに、台湾語 (閩南語) POP、客家語POP、原住民語POPという世界があり、なかなか奥深いものがあります。今日紹介するのはその原住民語POPのアルバムで、今年の第19回台湾金曲獎で「最優秀原住民歌手賞」と「最優秀原住民アルバム賞」を獲ったものです。私はその授賞式をオンライン放送で見ていて、「こんな世界があったのか!」と思い興味を持ちました。
原住民語POPと言っても言葉が違うだけで、基本的には普通のポップスではあります。
依拜維吉 (イーパイ・ブイシー)。これは台湾原住民族の1つタイヤル族 (またはアタヤル族) での名前で、「維吉」が名字のようです。北京語の本名は黃慧文 (ホァン・フイウェン) と言い、今回のアルバム以前はこの名前で活動しており、通称として「イーパイ」と呼ばれていたようです。ちなみに普段は北京語で普通に「台湾人」として生活しています。(念のために)
今回がアルバムデビューなのですが、プロとして音楽活動を始めたのは1998年で、その時は黃靖紘 (ホァン・ジンホン) という芸名で、香港や台湾で活躍する孫耀威 (エリック・ソン…かつて日本デビューもしています) とのデュエット曲を出しています。
その翌年には名前を本名の黃慧文に変え、熊天平 (パンダ・ション) とのデュエット曲を皮切りに、ソングライターとして活動を始め、これまでに多くの歌手に詞と曲を提供してきています。
王心凌 (シンディ・ワン) の「Cyndi Loves You」の中の「糖罐子」の作詞も彼女です。
また、ボイストレーナーとして多くの歌手を育ててきており、イーパイは裏方のほうで活躍してきた人のようです。
と言っても番組主題歌など、企画物のシングル曲も自ら数多く歌ってきています。
更には前述の熊天平のMVの監督もしており、かなり多才な人のようです。
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「野心」MV …熊天平 (パンダ・ション) とのデュエット曲。1999年。コロコロしたイーパイです。
そのイーパイが満を持して出したアルバムは、あえてタイヤル族にこだわり、その名前と言語で作り上げたものです。それは台湾原住民族としての誇りを感じさせます。
「依拜維吉」 2008年1月
※曲名はタイヤル語の発音で、カッコ内は中国語訳 01. Cyu Kak Min Ko (中華民國)
02. Ipay Buyci (依拜維吉)
→MV 03. Si Yan Mi Su (我喜歡你)
04. Bunyeg (火)
05. Blaq Na Kian (完美世界)
06. Keramac (思念)
07. Syaq Na Yaki (黥面女巫的微笑)
→TV出演ライブ 08. A La La (幸福)
張りのある可愛らしい声です。
全曲イーパイの作曲で、一部の作詞もしています。全体に聴きやすいメロディと、ところどころに重々しい民族色が顔を出して、様々な彼女の思いが見え隠れします。また、アレンジにも時々ハイセンスなものを感じます。
初めて聞くこの言語も、サウンドのひとつとして不思議な響きがあり、私は小学校で習ったマレーシア民謡「ラササヤンゲ」を思い出してしまいました。
1曲目の「中華民國」なるタイトルの曲は、彼女たちの民謡らしき声にかぶさって幻想的で重々しい音で始まる曲です。(これについては後述)
しかし2曲目、アルバムタイトルでもあり自分の名前でもあるこの曲では、一転して軽やかなリズムのちょっとおしゃれな曲になります。ラップ風のイーパイの声がとても可愛い曲です。これは私のお気に入り曲になりましたが、アルバムとしてはこの曲だけ全体から浮いた感じがするのは否めませんが。
7曲目「入れ墨顔の巫女の微笑み」というのはジャケ写のメイクのことでしょうか。ひたすらきれいな曲です。言葉のせいもあって、どこかエキゾチックなものを感じます。
更にラストの「A La La」が本当に素晴らしい曲です。優しい曲で、シンセのうまい打ち込みによるオーケストラアレンジで、まるで往年のハリウッドミュージカルのようなアレンジに展開をしていき、やがて子供たちとの合唱になります。聴いていると遠い気持ちになります。
このアルバムの優しい曲を聴いていると、私はどこか原風景的な懐かしさを感じます。そしてイーパイの様々な思いが詰まったものになっているように思います。
1曲目の「中華民國」という曲について このタイトルですから何か政治的なことを歌っているのだろうかと気になり、歌詞カードには中文の翻訳が書いてありましたので、私のぼんやりとした中文力で内容を読み取ってみました。
台湾原住民族たちはかつて漢民族社会から虐げられてきた歴史があります。この歌は、それが現在の中華民国 (つまり台湾) 憲法によって人権が認められて「台湾原住民族」として民族主義的に確立したことへの感謝を歌っているように思います。
「ありがとう中華民国 ありがとう三民主義」
彼女としては、最初のアルバムのまず1曲目でどうしてもこれを歌いたかったのでしょう。
台湾原住民族は、昨年と今年で一部族ずつ増えて政府が認定しているものは現在14部族です。今まで1つの部族にまとめられていたものが、微妙に習慣や風俗が違うということで、その人たちが政府に陳情し、それが一部族と認定されるたびに新しい部族名が増えていくのです。政府は彼らのアイデンティティーを尊重しているわけです。
以下、音楽の話からどんどん離れていきます。
台湾原住民族の言語についてのうんちく イーパイが使うタイヤル語というのは、タイヤル族以外にタロコ族とセデック族も使うようですが、微妙に方言があるようです。
台湾原住民族全体が使う言語を大きく分類するとそのタイヤル語を含めて4種類あり、使う言葉で14部族は大きく4つに分類されています。それは似通った言葉を使う部族は元は1つの部族であり、それが分岐して方言化したことを示すからです。
そしてその4つの言語にも大きく見ると共通性があり、総称して台湾原住民族の使う言葉をフォルモサ語と呼びます。(ちなみにヨーロッパなどでは台湾のことをフォルモサと呼ぶそうです)
更に共通性を求めると、マレーシアやフィリピンの言葉に及びます。私がイーパイの歌を聴いてマレーシア民謡を連想したのがうなずけました。
更に更にわずかな共通性を求めると、東はニュージーランド、ハワイ、イースター島などの先住民。西はなんとアフリカの手前のマダガスカル島まで達するそうで、それらの言葉を使う民族を全て総称してオーストロネシア語族と呼びます。
そして台湾原住民族の言葉はその根源的な要素を保っているのだそうです。
ということは、始まりは台湾にいた人々が、船を漕ぎ出して新しい土地を求めて様々な島に移り住み、何万年もかかってイースター島やマダガスカルまで行き着いたということです。
いつの間にか古代ロマンの話になってしまいました。
先に書いておくべきでしたが、私は人類学、民族学、民俗学、考古学、更に最も好きな古生物学など、物や文化や生物のルーツを探る学問にとても興味があるのです。
イーパイの歌を聴きながら、彼女のルーツに思いを馳せているのでした。
ちなみに。
日本では「原住民」という言葉はどこか差別的なニュアンスを持つようになってしまったために、現在では「先住民」という言葉が使われますが、中華圏の人がこの「先住民」という三文字の字ヅラを見ると、「すでに滅んだ民」というニュアンスを感じるそうです。
そして「台湾原住民族」という呼び方は彼ら自身が望んだということで、私は彼らに限ってその呼び方を尊重するようにしております。
もうひとつちなみに。
かつての台湾原住民族は警戒心が強く、言葉の違う部族とのコミュニケーションはほとんどない状態が何万年も続いたそうです。(森に住む民の多くは、敵、あるいは猛獣などが木や草の影からいつ襲ってくるかわからないと言う状態で警戒心が強くなる傾向があります)
ところが、原住民族を研究する台湾の学者の話では、日本による台湾統治時代に原住民族にも分け隔てなく日本語教育がされたために、(その是非はともかく)日本語が彼らの共通語になり、コミュニケーションが盛んになったということです。
ビビアン・スー (徐若瑄) はタイヤル族と漢民族のハーフで、彼女のタイヤル族のお婆さんは日本語しか話せなく、ビビアンとは話ができなかったそうです。ところがビビアンが日本語を覚えたことで、お婆さんと初めて会話が出来るようになったということです。
書き出すと止まりませんのでこのへんにしておきます。それより寝なきゃ。
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テーマ : 台湾ポップス - ジャンル : 音楽
タグ : 依拜維吉 イーパイ・ブイシー 台湾原住民族 台湾女性歌手 CDレビュー