唯我独尊。70年代。収れん進化。この人のことを紹介するのはなかなかむずかしいです。ある意味C-POPというワクの中で紹介するべき人ではないのかも知れません。単純にその音を説明するなら「限りなく70年代」です。最近新譜が出ましたが、この人のことは1から語っていかないと説明できません。また長くなります。
張懸 (チャン・シュエン)。台湾のシンガーソングライター。今までの3枚のアルバムで発表した曲は全て自身の作詞作曲です。(最近は本名の焦安溥名義で書いています)レコード会社の企画などには絶対はめられない自らの意思だけで音楽を創るタイプのアーティストです。ちょっと口ごもった気だるい歌い方は、その世界にハマるかハマらないかで大きく好みが違ってくるでしょう。
張懸はかつて Mango Runs というバンドを率いてアンダーグラウンドで活動していました。当時のことは不明な点が多いのですが、このバンドは2002年頃メジャーのレコード会社と1度契約して2003年に「畢竟」というシングルを出していますが、会社と喧嘩してアルバムは出ず仕舞いです。その後2005年に自費出版で「Maybe I Don't Care」というアルバムを出していますが、これはライブに来た客に限定で配っただけのようです。張懸がいつからソロ活動を始めたのかは分かりませんが、やがてライブハウスでの活動が徐々に張懸のファンを増やし、ネット上で話題になっていき、遂に2006年にSonyBMGからアルバム「My Life Will…」でメジャーデビューします。ファンに押し上げられた形です。ちなみに彼女の父親は中華民国政府のお偉いさんだそうです。
「My Life Will...」2006年6月9日
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最初にこれを聴いた時、この人は生まれてくる時代を間違えたのではないかと思ったほど70年代の音です。全体には張懸がギターで弾き語る歌にバックが軽く色付けをしている感じの音で、正に岡林信康、吉田拓郎などを思わせるフォークの世界です。と言ってもこのアルバムをタイムマシーンであの時代へ持っていったらちょっと垢抜けたモダンなフォークに聞こえるかも知れません。
どういう事情なのか、このアルバムの大半は2001年に録られていたものだそうです。
張懸はこのアルバムの頃から陳綺貞 (チェン・チーチェン/チアー・チェン) とセットで語られることが多かったようです。と言いながら私もセットで語ろうとしていますが。この2人はその演奏スタイルや70年代っぽい雰囲気、それにいわゆる普通のポップスのようなラブソングなどは歌わず、自分の心情や世の中についての思いなどメッセージ性が強く、そう言った他の歌手とは違う部分の共通点を探せばいくらでもあります。しかしチーチェンの場合はその椅子に座ってギターを抱えて歌うスタイルやバックの音が、なんとなく70年代を思わせると言うだけであって、曲そのものはあまり70年代を感じさせません。それに比べ、張懸の音楽はそのスタイルだけでなく、どこか退廃的で気だるい感じが70年代そのものに見えて来ます。おそらくこの2人にとっては一緒に語られるのは心外なことかも知れません。
張懸はどこからこんなセンスを仕入れたのでしょう。70年代の台湾にはあんな時代はなかったはずです。
いきなり話が飛びますが、恐竜時代に翼竜と言う空飛ぶは虫類がいましたが、恐竜とともに滅びた後、ほ乳類の中からコウモリが現われました。別にコウモリは翼竜をパクったわけではありません。同じ生活をするうち同じようなスタイルに進化したのです。(収れん進化ね^^)
張懸は自分の思いをギター1本で弾き語っているうちに、自然と日本やアメリカの70年代と同じようなスタイルになっていったのではないかと私には思えます。
このアルバムは台湾のポップス界にはとても新鮮に映ったのか、かなり高い評価を受け、いくつかの小さな賞を獲っています。
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「Scream」MV …まるで70年代にいたような若者たちやライブハウスが出て来ます。ギターの弦に煙草を差すなんてツボです。
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「寶貝」MV●
「無狀態」MVやがて、70年代の日本やアメリカのフォークシンガーたちがギターをエレキギターに持ち替えて、ロックバンドを従えて歌い出したように、張懸も同じように「収れん進化」を続けます。
「親愛的...我還不知道」2007年7月20日
→iTunesストア台湾web試聴
いきなりロックが飛び出します。やはり70年代を思わせる今ほど洗練されていない粗削りなロックです。かと思えば前のアルバムのようにアコースティックギター1本で歌っているものも多く出て来ます。彼女にとっては「ジャンル」などと言うものは無意味なものです。(ちなみに1曲目の「畢竟」は、2003年に出したシングル曲のリメイクです)
またチーチェンと比べてしまいますが、チーチェンにも似た傾向があります。しかしチーチェンの音楽はとても聴きやすい音楽で、それに比べ張懸の音楽は聴く人によってはとても重く、気楽には聴けないかも知れません。まずそこで好き嫌いが極端に別れると思います。これは前のアルバムより顕著でしょう。しかしひとたびこの世界に入り込むと、とてつもなく深遠な世界が広がっているように思えます。私には詞を聞き取ることもすらすら読むこともできないので、そのあたりは片手落ちなのですが、音を聞いていてそう思えます。
やはりこのアルバムも台湾ポップス界からは新鮮に映ったのか、このアンダーグラウンド的な音楽が、昨年の第19回台湾金曲奨というアカデミックな世界で「最優秀作詞家賞」に「畢竟」がノミネートされています。(本名の焦安溥名義)
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「喜歡」MV●
「模樣」MV●
「討人厭的字」MV●
「並不」MVそしてこの5月に出た最新アルバムです。
「城市」2009年5月22日
→iTunesストア台湾web試聴
01. 關於我愛你
→MV 02. Beautiful Woman
→MV 03. selling
→MV 04. 南國的孩子
→MV 05. 島嶼雲煙
06. 就在
07. Stay-牡蠣之歌
08. 城市
→MV 09. Love, New Year.
10. 巷口
1年8ヶ月ぶりのアルバムです。すでに張懸はメジャー歌手の一員となりましたが、相変わらず音はアンダーグラウンド的なことに変わりありません。しかし全てにおいて「張懸にしては」と付け加えなければなりませんが、心なしかPOPな要素も入ってきました。2曲目などちょっとおしゃれな曲です。悪い意味ではなく、誰でも売れてくるとレコーディングにも時間がかけられるようになり音も変わってきます。
とは言え、この前年の2008年中に張懸は3人のメンバーと意気投合し、Algaeというバンドを組み、今回そのバンドでアルバムを作っていますが、決してうまい演奏ではなくかなり粗っぽい演奏です。前のアルバムのバックのほうがきれいな音を出しています。しかしスタジオミュージシャンを使ってこのアルバムを作ったら音がきれいになりすぎて張懸らしくなくなるでしょう。そしてこのヘタさ加減がまた70年代っぽい雰囲気を醸し出しています。
張懸は今回どうもそのバンド名でこのアルバムを出そうとしたようです。しかし今回のクレジットを見るとプロデュースは張懸となってはいますが、作詞作曲は本名の焦安溥で、もしバンド名でこのアルバムを出したら表向きには張懸の名前が出てこなくなります。これはレコード会社からすれば売れている「張懸」の名が出てこないと言うのはとんでもないことです。結局張懸の名前でこのアルバムが出されましたが、そのあたり是非はともかく張懸は少し大人になったのかなと思えます。
前にも書いたことがありますが、物作りをする人間は、ある時期から更に自分を表現するためには他人の力が必要だと気付き始めます。張懸も28歳。レコード会社と言う自分に協力する相手の都合に耳を傾け始めたのかなと思えるのです。それは音にも表れています。
やはり「張懸にしては」ですが、このアルバムの表題曲「城市」はとても聴きやすい曲です。シンセサイザーまで入って音が豪華になり、とてもPOPな曲です。このアルバムの中で浮いています。今までのアルバムには「売りの曲」と言うのは特になかったように思えますが、今回のこの曲は人に媚びるというほどではないものの、明らかにレコード会社的な「売りの曲」になっています。若いうちは人と喧嘩してでも自分のやりたいことをやるというのはいいのかも知れません。しかし張懸はすでに多くのファンをつかみ、そして更に多くの人に自分の音楽を聴いてもらうためには、多少の商業的仕掛けは必要だと気付いたのかも知れません。
アートと商売は永遠に相容れないけれども、互いに歩み寄らなければ大きなことはできない。それをこれからのアルバムにどういう形で表すかが彼女の課題でしょう。
まあ、彼女に限って人に媚びるような音を作ることはないでしょうけど。
MVを見るとバンドの男3人はいまいち映えないというか、どう見ても張懸のしもべに見えます。張懸はエレキギターにカポタストをはめて演奏していますが、これも70年代的ツボです。
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張懸 公式サイト …最近できました。前にもユニークなサイトがありましたが、これと入れ替わりになくなりました。「城市的城市」に全曲目と歌詞があります。 ※追記(2012/07/19) : ↓公式サイトはこちらに引っ越しました。
http://www.deserts.com.tw/
張懸 zhāng xuán チャン・シュエン
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テーマ : 台湾ポップス - ジャンル : 音楽
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